今回も『日入国常闇碑伝』(講談社ノベルス)と『君待秋ラは透きとおる』(角川書店)の関係性について考えます。
前回のブログで、匿技士と呼ばれるような人物が2名居ると考えましたが、今回は、
「日本特別技能振興会」の前身である勅許職の成り立ち、常闇奉行、倒幕運動及び明治維新などについて考えます。
以下は、『日入国常闇碑伝』と『君待秋ラは透きとおる』の内容に触れています。
また、このブログを読む前に、過去に書いた「遠海市の秘密」(2020年3月14日更新分)をご覧いただければより判りやすくなると思います。
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【仮説】『君待秋ラは透きとおる』の「日本特別技能振興会」の前身の勅許職は、常闇奉行の流れを汲んでいる。
まず『君待秋ラは透きとおる』に
「この国の匿技士について記録が遡れるのは明治維新まで。維新の時に何人かが暗躍し、その功績をもって旧宮内省に職が設けられたとあるのが最初。不偏仮説が正しければそれ以前も匿技士はいたはずだけど、現在まで継続した組織が残した記録はなし」(p162)
という文があります。
下線部に関しては、
“匿技そのもの”について詳しく書かれた記録が無いということだけで、峰邑家が残した「常闇作法心得」には、守峰刀冶朗や峰木光介がどのような人物でどんな技を持っていたかは書かれているはずですし、現代まで「常闇作法心得」は残っているはずです(「遠海市の秘密」参照)。
「常闇作法心得」に書かれている内容が、現代の匿技や匿技士と関わりがあるものだとは、『君待秋ラは透きとおる』の時点(2017年)でわかっていなかったのではないかとも考えられます。
さて本題です。
『日入国常闇碑伝』「英雄蠅」のラストで、常闇を払ったあとやがて倒幕に至る、とありますが、その幕府はおそらく清菜幕府のことでしょう。
倒幕の運動が起こり始めたときにはすでに常闇は払われていたので、常闇奉行所そのものは解体されていると考えられますが、奉行所の機能だけひっそりと稼働していた可能性はあります。守峰刀冶朗や峰木光介以外に特異な技を持っていた人物が存在し、彼らの技がどのようなものであるのか研究するためなどの理由で。
それら特異な技を持った人物の何人かが、明治維新時に暗躍し功績を残し、常闇奉行所の役割を勅許職として残した可能性が考えられます。
そして「常闇作法心得」は常闇時代のみの記録なので、明治維新以前の継続した組織が残した記録は無い、と書かれたのではないでしょうか。
因みに詠坂雄二全作品の中で明治時代の前が江戸時代だという記述はありません。清菜、明治、大正、昭和…という可能性は充分考えられます。
以上、仮説になります。
またこの回をもちまして『日入国常闇碑伝』の検証はしばらく終了となります。
ご覧いただきありがとうございました。
コメントなどあれば是非よろしくおねがいします。
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